土佐から日本の政財界に名を残した、片岡直輝、直温兄弟(津野町出身)

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4月15日の高知新聞に、明治から昭和にかけて政財界で活躍した、津野町出身の片岡直輝(なおてる)・直温(なおはる)兄弟の生家が改修され一般公開されたとの記事があり、訪ねてきました。
場所は津野町役場に隣接しています。
片岡家は土佐の郷士で、裕福な家庭でしたが、直輝・直温の父孫五郎は、土佐勤皇党で活躍し、同士を助けるため、田畑・家財を売り資金にあてました。
孫五郎が明治維新を迎える前に亡くなり、その息子兄弟の直輝・直温は、母信子がはた織りで生計を立てる、貧しい環境で育ちました。(母、信子さんは人の2倍はた織りし、家計を支えたそうです。また、生涯はた織りを続けました。)

片岡直輝(1856~1927)・・海軍主計学校入学後、海軍に入りフランス留学。日本海海戦の軍艦をフランスから調達するなど手腕を発揮。島村速雄元帥とは家も近所で、親交が深かったとのことです。日本銀行に入り大阪支店長。その後、関西財界の重鎮として、大阪ガス、阪神・南海電鉄の社長を歴任。北浜銀行・大林組の再建を手助けするなど経済危機の回避に努めました。

片岡直温(1859~1934)・・幼少の頃は、貧しさから寺に預けられました。小学校の教師を経、東京に出て伊藤博文の知遇を得、内務省に勤務。(その時谷干城から、小役人で終わるなと言われたそうです。)29歳にして日本生命を設立社長就任。後に、若槻内閣の際、大蔵大臣に就任。濱口雄幸首相とは同士であり、親友。(寺小僧から大臣となった立志伝の人物)

片岡邸入口
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片岡邸庭
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ゴールデンウィーク中にも関わらず、誰もおらず、担当の方から熱心に説明していただきました。
美しい庭を眺めながら、コーヒー(100円)とお茶をいただき、明治維新後の日本の近代化に尽力された、片岡兄弟とそれを支えた母の強さを感じました。そういえば、島村速雄元帥も同じ境遇だと、気が付きました。

玄関には、日本生命と大阪ガスの社長からのお祝いの花が届いていました。

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BY M井

comment

Secre

No title

高知の知らない偉人はいっぱいいると高知市内のamaizing tramの研修で気づかされた。

これが、西、東にもなるとその数はどのくらいになるのだろうか?この前に知った宿毛出身の大江卓(たく)もすごい人でした。

「高野山の義挙」の後、陸奥宗光のもとで働き、神奈川県政を預かり、そののち人道的見地から中国人船員230名ほどを劣悪な環境から救い、清国に送る届けたマリア・ルス号事件。後にお坊さんになり、全国行脚をした波乱万丈のヒューマニトでした。
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