つり具丹吉


かるぽーとの前を菜園場方面に歩いていくと
電車通りの向こうに間口の広い店舗が見える。
看板には、「つり具丹吉」とあり、ポストモダンな
「土州 丹吉」のトレードマークが存在感を放っている。

写真1

写真2

ちなみにこのロゴは、釣り針がさびないように入れる油壷を表しているとか。
つい最近まで、沢山ある釣具店の一つ位に思っていたが、
ここが世界にその名を知られた釣り針メーカーであったとは。

一条氏が戦乱を避け土佐に逃れた時に一緒に京から落ちてきた刀鍛冶
がそのルーツであるそうな。
土佐に来た頃から余技に釣り針を造っていたが、
菜園場に「丹吉」の看板を上げて釣り針一本になってからでも240年が経つ。

2月の寒さの中、お店に伺って話しを聴くことができた。
写真はマグロ用の針で、一番大きなものは築地のせりでも有名な
まぐろの大間で使われているもので1本〇万円だそうだ。

写真3


明治のハワイの開拓民の間では、なかなか開拓が進まない初期、
高知出身者の持っていた丹吉針による漁獲で食いつなぐことができ、
開拓民の間で大いに感謝されたという。
そのため、ハワイのマキキ教会にはキリスト教会であるにもかかわらず、
神棚が設けられ、丹吉針がご神体として祀られているという。
そういう縁もあって、現在でもハワイには丹吉の直営店がある。

ビックリするような話が次々と飛び出す。
3代目は龍馬のパトロンでもあったそうで、
龍馬は武市道場の帰りに丹吉の店で昼寝をしたりしていたそうで、
龍馬の手紙の中には、3代目の妻を気づかう文章も見えるそうです。

そう言えば、この辺は、新町田淵の武市道場、浦戸町の河田小龍邸、
北新町の岡本寧浦塾にも近く、維新直前の志士とそれを支える
商人たちのエネルギーが充満していたスポットであったようです。

写真4


四代目は、カツオ針を改良したものを売り出し、
海外の博覧会で次々に優秀賞を獲得、販路を拡げた他、
有名な俳人でもあったようで、潮江天満宮に句碑が残っています。

丹吉の針は、他社の針が1日に何度も取り換える必要があった中、
数日は持ったということで、その品質で大いに評価されたようだ。

日経新聞から出ている「200年企業」という本の中に、
全国で70の元気な老舗が取り上げられているが、
四国では唯一丹吉が入っているのも、新製品の工夫と品質で
守り抜いたのれんの証でしょう。

写真5


by Katto

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Secre

竹中工務店

日経の200年企業の本に、竹中工務店は、もとは織田信長に仕える、普請奉行だった、竹中藤兵衛正高が1610年に創業したそうです。400年以上の歴史があります。また、日本は世界一の老舗企業があり、その次がドイツだそうです。
AMAZING MADE IN JAPAN!

No title

最近は、隠れた高知の名物や人に出会う(自分が今まで知らなっただけ)!!

マキキ協会は高知城の外観だけでな丹吉針がご神体だったなんて。。。



ザクザク出てくる高知のあんなこと、こんなこと。これも、アメイジング トラムがきっかけ。

万歳、Tram!



AMAZING TANKICHI

AMAZING TRAM を通じてさまざまな高知のヒストリーを知ることが出来ました。
その、一つが丹吉です。毎日通勤電車の車掌からぼんやり眺めていましたが、最近は誇らしく見えてきます。
頑張れ、TANKICHI!

No title

すごい・・・
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