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「財界のナポレオンと呼ばれた男」金子直吉

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金子直吉(1866~1944)
仁淀川町の下名野川出身の、「財界のナポレオン」と呼ばれた、金子直吉の資料室のある、「しもなの郷」を訪ねてきました。
場所は、中津渓谷から山に15分程車で行った、山の奥深い場所にあります。
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しもなの郷は、旧下名野川小学校跡を、体験型宿泊施設「山村自然楽校」として利用している施設です。(ピザ焼き体験など)
また、V字型の山に囲まれ雑音が無いことから、高知高専の「吾川木星電波観測所」もあります。
また、近くには吾川スカイパークもある自然豊かな場所です。

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本題に戻りますが、実家が呉服商として、金子直吉はここで6歳まで過ごし、家業が破たんし、高知市に移り住み、紙屑拾いで生計を立てる極貧生活をおくりました。やがて、農人町にある傍士質店で働く傍ら、質草の書物を読み、ありとあらゆる知識を身につけます。その才能を高く評価した、店主が神戸にある鈴木商店へ推薦し、入店しました。
鈴木商店は、もとは、砂糖などの商いをする個人商店でしたが、金子直吉の働きにより、樟脳など多角経営に成功します。
金子直吉は大番頭と言っても実質的な経営者として、鈴木商店を、鉄鋼、石炭、食品、繊維など80社からなる、ピークには、現在価値で年商50兆円となり、三井、三菱をしのぐ日本一の商社となりました。(スエズ運河の10隻に1隻は鈴木商店の船といわれました。)

残念ながら、昭和恐慌により、鈴木商店は倒産しましたが、神戸製鋼所、帝人、サッポロビール、双日、昭和シェル石油などの企業の礎を築きました。
高知においても、金子直吉の寄付を含め尽力の結果、四万十の赤鉄橋や、仁淀川の、いのの鉄橋を建設し貢献しました。
人物としても、「無欲活淡」で私利私欲が微塵もなく終生借家住まいで、一文も私財を残しませんでした。
渋沢栄一は「金子は正規の学問こそないが、道理を知るにはよほど明らかで、事業家としては天才的だ」と評しています。

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高知市農人町にある、傍士質店跡です。

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読まれた方も多いと思いますが、「お家さん」の本及びドラマになっています。

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一度はヨーロッパを手中にしながらセントヘレナ島で果てたナポレオンのように、世界進出を果たして、一度は天下を取った、金子直吉と幻の鈴木商店。何か考えさせられるものがあります。
8月の土曜勉強会で、プレゼンさせていただければと思っています。

もっと高知を知ろう会 
BY M井


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